EU（欧州連合）の環境施策の背景

2018年1月20日

～EUの法体系と環境施策の歴史～

はじめに

EU委員会は2018年1月11日付けで「欧州連合（EU）における持続可能な開発目標へのフォローアップに関して委員会の高度マルチステークホルダー・プラットフォームが、1月10日水曜日に初会合を行った」と発表しました。「この高度マルチステークホルダー・プラットフォームとは学界、非政府組織（NGO）、企業、市民社会、欧州経済社会委員会および欧州地域委員会の代表者が集まり、世界銀行、国連、欧州持続可能な開発ネットワーク（ESDN）などの国際機関もオブザーバーとして参加し議論が行われ、EUレベルでSDG（Sustainable Development Goal＝持続可能な開発目標）を提供する欧州委員会を支援し助言した」と説明しています。

EU委員会において年頭に、このような会合が行われたことは、EUにおける環境問題が極めて重要な政策課題であると思われます。EUの環境問題と言うと、RoHS指令、WEEE指令、REACH規則等が我国には関連が深く、「有害化学物質規制」が優先課題と思われていますが、実際には資源やエネルギーが少ない欧州諸国においては「持続可能な開発」「循環型社会の形成」が最重要課題であり、現在最も重要な課題の一つが「大気汚染対策」であることなどが読み解く事が出来ます。今回は、年初に当たりEUにおける法体系、環境法などの背景をおさらいするとともに、EUにおける環境施策の概要・今後の方向性などについて筆者の所感を述べてみたいと思います。

EUにおける環境政策とその源流

現在のEU（欧州連合）は1958 年に発足した欧州経済共同体（EEC）がその基礎となっており、経済課題が中心であったため、当時は環境保全に関する規定はなく、そのための政策も存在していませんでした。

共同体の環境政策の原点は、1972 年10 月にパリで開催された欧州理事会にあり、理事会では共同体レベルで環境政策を推進する重要性を共有し、関連機関に対して環境行動政策の策定を指示しました。これを受けて1973 年4 月に理事会に「環境行動計画案」が提出され、これが「第一次EU環境行動計画」として同年11 月の理事会において各加盟国と代表の共同宣言という形で採択され、以後数回の改訂を経て、現在は2012年11月に提案され、2013年から2020年までのEUの環境政策の指針となる「第7次環境行動計画」が進行中です。

＜主な内容・優先的な取組＞

①自然保護（自然保護と生態系の回復力の強化）

②持続可能な成長の促進（持続可能で資源効率の高い低炭素成長の促進）

③新たな雇用の創出を目指し、環境が支えうる範囲以内で欧州を繁栄と健康へと導くための道筋を示す

（健康に対する脅威への効果的な取組）

＜主な具体的な措置＞

①環境に有害な補助金の段階的廃止

②労働力に対する税から汚染税への課税対象の転換

③環境法実施における加盟各国と欧州委員会間の連携協定の締結

④EU予算の環境関連支出を追跡する仕組み構築

⑤その他

EUにおける環境政策の歴史

上述のように1973年に第一次EU環境基本計画が提案されて以降、具体的な法体系の中で環境方針が決められてきました。1987 年に発効した単一欧州議定書（EC 条約の改正）において初めて、環境に関する規定がEC 条約に盛り込まれました。

例）

①新EC条約30 条：輸出入を制限できる一般的利益として環境保全が追記。

②新EC条約95 条：環境保全に関して加盟国法規による調和措置の実施。

③新EC条約130条（r～t項）：環境法に関する事項の規定。

④新EC条約174条：汚染者負担原則など環境保全の基本政策の規定。

⑤新EC条約176条：加盟国が共同体レベルの環境保全措置より厳しい措置を取ることの容認。

さらに、1993 年11 月に発効し現在のEU 条約の基礎となるマーストリヒ条約においては、冒頭の2 条に「共同体の任務の一つとして、環境と持続可能な発展」を挙げ、3 条において「環境政策を共同活動の一つと」、「環境問題をEUにおける最優先の課題の一つ」と位置付けていることが読み取れます。また、ここで注目されることは、環境問題は共同体と加盟国が連携して行うべき措置であるが、環境問題は場合によって加盟国相互の利害が対立することが予想されるため、全会一致ではなくても、多数決により法案を容易に策定できるようにした点にあります。

さらに、1999年に発効したアムステルダム条約（現在最も新しい条約は2009年発効のリスボン条約）においては、「欧州連合の機能に関する条約」第3部連合の政策と域内活動において、共同体の共通政策（注）を実施する上で「持続可能な発展を促進するための環境保全」を常に考慮することが明確に定められました。

（注）ここでいう「共通政策」とは通商政策、農水政策、運輸政策、エネルギー政策、競争政策をいいます。

図１　ベルギーのブリュッセルにあるEU本部（写真提供：筆者）

図2　ルクセンブルクにあるEU司法裁判所とその関連施設（写真提供：筆者）

EUの法体系

EUは、欧州連合条約（EU条約）をはじめとするEUの基本条約によって設立・運営される超国家機関と位置付けられます。EUでは、「基本条約」によって加盟国の主権の一部がEUへ移譲され、主権が移譲された政策分野においては、加盟国に代わってEUが権限を行使します。そのため、EUの法体系は、国際法とも、また加盟国の国内法とも異なる独特な法体系を取っていますので、EUのRoHS指令やREACH規則などを理解する上で、この法体系を理解することは意味あることと思います。

EU法は、一次法（Primary Legislation）、二次法（Secondary Legislation）、判例（Case-Law）の3つに分けることができます。具体的には、それぞれ以下のものが、司法裁判所（Court of Justice）で審理の対象となるEU法として法的効力を認められています。

一次法

一次法とは、EUの基本条約を指します。現行の基本条約は、2009年12月に発効したリスボン条約により改正されたEU条約（組織、基本事項など）及びEU機能条約です。この2つの条約には議定書及び附属文書、宣言もあります。これらの条約はEUにおける憲法に相当しますので制定・改正には加盟国の政府間による交渉によって内容が合意され、各国議会によって批准されて初めて発効します。

さらに、この一次法には、基本条約以外にも、基本条約と「同一の法的価値」を持つとされるEU基本権憲章、EU司法裁判所が依拠する法の一般原則などを含むこともあります。

2．二次法

我々が良く知るREACH規則やRoHS指令は、この二次法に分類され、一次法である基本条約を根拠に制定される法令と定義されます。二次法には、規則（Regulation）、指令（Directive）、決定（Decision）、勧告（Recommendation）、意見（Opinion）があり、加盟国の国内法との関係や法的拘束力は、以下の通りです。

表1　EUの二次法

Regulation（規則）	加盟国の国内法に優先して、加盟国の政府や企業、個人に直接適用されます。そのため、加盟国の国内立法を必要とせず、加盟国の政府等に対して直接的な法的拘束力を及ぼします。
Directive（指令）	加盟国の政府に対して直接的な法的拘束力を及ぼします。指令には政策目標と実施期限が定められ、指令が採択されると、各加盟国は、期限内に政策目標を達成するために国内立法等の措置を取ることが求められます。ただし、どのような措置を取るかは各加盟国に委ねられます。なお、企業や個人には直接適用されません。
Decision（決定）	特定の加盟国の政府や企業、個人に対して直接適用されるもので、対象となる加盟国の政府等に対して直接的な法的拘束力を及ぼします。
Recommendation（勧告）	加盟国の政府や企業、個人などに一定の行為や措置を取ることを期待する旨、欧州委員会が表明するものです。原則として法的拘束力はありません。
Opinion（意見）	特定のテーマについて欧州委員会の意思を表明するものです。勧告と同様、原則として法的拘束力はありません。

（出典：国立国会図書館リサーチナビ）

表2　判例

EU司法裁判所（司法裁判所・総合裁判所・専門裁判所）の判例

ただし、EU司法裁判所は、先例には拘束されないとしています。

（出典：国立国会図書館リサーチナビ）

まとめ

（1）EUでは、「基本条約」によって加盟国の主権の一部がEUへ移譲され、主権が移譲された政策分野においては、加盟国に代わってEUが権限を行使します。そのため、EUの法体系は、国際法とも、また加盟国の国内法とも異なる独特な法体系を取っており、憲法に相当する「一次法」と、「一次法」を根拠に制定される「二次法」の二階層より構成されています。

（2）EUにおける環境施策は極めて重要な施策と位置付けられ、加盟国の共通施策である通商政策、農水政策、運輸政策、エネルギー政策、競争政策と同列に位置し、さらには他の共通施策を施行するに当たっては「持続可能な発展を促進するための環境保全」が常に優先されるようになっています。

（3）EUの基本政策は国連のSDGs（持続可能な開発目標）に沿って、進められています。

（4）EUは日本と同じく資源やエネルギーが乏しい国・地域が多いため、廃棄物の効率的な再資源化、省エネ、再生可能エネルギーの開発を最も優先すると同時に、自然保護の為の生物多様性保全、健康を考えての大気汚染、有害物質排除などを重要課題と考えていると読み解かれます。取り分け、大気汚染は地域的・地形的な問題であり、温室効果ガス排出量の削減に熱心な状況は上述のような背景があると言えます。

（5）また、環境問題は地域、国、企業など相互の利益に相反する場合が多々あるため、EUにおいては加盟国全会一致ではなくとも多数決により法案を作りやすくするなど、難産の結果も見てとれます。

（6）以上、年頭に当たり、EUの環境施策とその背景など筆者の私見を交えて述べて見ました。

引用・参考資料

EU（欧州連合）EU法について　（国会図書館）
EU（欧州連合）の主な法体系について　（一般社団法人日本電気制御機器工業会）
EU（欧州連合）の加盟国と法体系　（RoHS・REACH他製品環境法規制の概要と動向）
欧州連合（EU）　（総務省）
循環型社会システム動向調査－欧州における３Ｒ政策関連動向調査（2006.3）「ＥＵ環境政策最新動向調査」　（経済産業省、2006年5月29日）
Sustainable Development Goals: first meeting of the Commission’s high level multi-stakeholder platform　（EU commission、2018年1月11日）
THE NEWS CHANNEL OF THE EUROPEAN ENVIRONMENTAL BUREAU　（European Environmental Bureau （EEB））
欧州委員会、「第7次環境行動計画」案を公表　（環境展望台、国立環境研究所）
Environment: Commission sets out Europe’s path to prosperity within the planet’s ecological limits　（EU委員会、2012年11月29日）

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